恋するモウリーニョ「インテルみたいな所はない」『ユーロスポーツ』によると、レアル・マドリードのモウリーニョ監督が、
インテルに”愛のメッセージ”を送っているという。
「インテルを去ったときは、しばらく泣いたよ。
インテルだけが、僕にある種の喜びを贈ってくれたからね。
一番居心地が良いクラブだった。
どこも、インテルと同じような幸せな時をプレゼントしてくれなかった。
インテルは家族みたいだし、今もネーラッズッッリ(インテル)の家族の一員だと思っている。
インテルを去ったとき、泣いたのは1回どころじゃないよ。」
とTVIのインタビューにコメントしたとのこと。
「ピネティーナ練習場や、サン・シーロ・スタジアムなど、素晴らしい環境で過ごすことができた。
なんで、インテルを去ったかって?
僕だって、何で去ってしまったんだろうって考えたよ。
あの時、レアルから、3度目のオファーをもらったんだ。
僕の友人たちはこう言っていたんだ。
”君は偉大な監督かもしれない。
だけど、
レアルでチャンピオンになれないなら、君のキャリアには、何かが足りないことになるだろうね。
それが永遠に埋まらない穴になるだろう。”
それで、僕は行くことに決めたんだ。
だけど、インテルには、今もノスタルジーを感じているんだ。
インテルでの最初のスクデットが決まったのは、ピッチではなく、
アッピアーノ・ジェンティーレ・スポーツセンターだった。
あれは、土曜日だった。
2位のミランが、土曜夜の試合で負けて、我々の優勝が決まったんだ。
セリエAの閉幕まで、残り3試合という所で、翌日シエナと対戦予定だったんだ。
センターでは、すぐにお祭り騒ぎになって、
チームのみんなが、ドゥオーモ広場(ミラノ)でファンと一緒に祝いに行かないかって
聞いてきたんだ。
僕は考えたんだけど、
もし行ったら、夜中の3時4時まで帰れないだろうから、
翌日の試合で、ピッチに疲れて眠いままに上がることになる。
連勝記録もストップしてしまう。
だから、”全員就寝”って大声でどなったんだ。
そうしたら、ジュリオ・セサルが、
”ミスター、ドゥオモ広場に行きましょうよ。
何千人もの人たちが待ってるんです。
ここで行かないと、この後、何も勝てなくなりますよ。”
って、説得してきたんだ。
僕は、負けてしまったよ。
サポーターが、僕らを見つけ時は、狂喜していたよ。
僕らがアッピアーノに戻ってきたのは、日曜日の午前3時。
その日の午後、選手たちは素晴らしかった。
不敗を守ろうと、すべてを出し切ってくれたし、
新イタリア王者を倒したって、相手チームにも言わせなかった。
思い出すと、すごくノスタルジーを感じるよ。
インテルが勝つとうれしいし、負けるとつらい。
ここ数週間みたいにね。
それから、
僕のサッカー人生で、唯一、PK戦に勝てたのは、
僕のネーラッズッリでの最初の杯である、ローマとのイタリア・スーパーカップなんだ。
PK戦になると、パニックになるんだ。
それでいつも負けてしまう。
チェルシーやレアルでは、チャンピオンズ・リーグ準決勝でそうだった。
インテルだけが、この喜びを与えてくれたんだ。」
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